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秋田地方裁判所 昭和23年(レ)8号 判決

控訴人 田山八太郎

被控訴人 桜庭郁三郎 外一名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人に対し、

一、被控訴人桜庭郁三郎は、秋田県北秋田郡釈迦内村沼舘字鳥沢八十六番原野七反歩の一部である別紙図面〈省略〉表示の基点から(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)(11)の各点を経て基点に復帰する線に囲まれた地域上の松及び杉立木が控訴人の所有なることを確認し、且つ金五百円及びこれに対する昭和十七年十月十一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、被控訴人桜庭佐五郎は前記図面表示の(12)(13)(14)(15)(16)(12)の各点を連結する線に囲まれる地域を引渡し且つ金三百円及びこれに対する昭和十七年十月十一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は第一、二審共に被控訴人両名の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は「本件控訴はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審共に控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

控訴人は請求の原因及び被控訴人等の主張に対し次のとおり述べた。

第一、請求原因

(一) 秋田県北秋田郡釈迦内村沼館字鳥沢八十六番原野約七反歩(合併により現在大館市となつているが、便宜上旧地名で表示する。以下同じ)は同村字沼舘部落、同郡下川沿村字片山部落及び同郡大舘町東大舘部落(市制施行により現在は大舘市となつているが、便宜上旧地名で表示する。以下同じ)の共有地(持分は各三分の一)で且つ右三部落民の入会地(共有の性質を有する入会地)である。そして控訴人は右八十六番入会地の入会権者であると共に該入会地の一部である別紙図面表示の基点及び(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)(11)基点の各点を連結する線を以て囲まれた地域(以下甲地域という。)及び(12)(13)(14)(15)(16)(12)の各点を連結した線に囲まれる地域(以下これを乙地域という。)とその周辺に地上権又は準地上権ともいうべき土地使用権を有し、且つこれ等地域に杉立木約六百本、松立木約七十本を所有している。元来八十六番入会地には従来から入会権者が入会地に植林した場合には、その立木は植林した入会権者の個人所有となる慣習が存するのみならず、右甲地域及び乙地域並にその周辺は前記釈迦内村沼舘部落民で右八十六番山林の入会権者の一人である訴外桜庭文治が祖父時代から自由に使用してきたものであるから、同人は明治三十三年法律第七十二号地上権に関する法律によつて地上権者としての推定をも受ける者であるし、又植林した立木の個人所有を認める右慣習は当然植林地上に植林者のために地上権に準じた権利、いわば準地上権ともいうべき権利(以下これを準地上権と仮称する。)が設定されるものというべきを以て、同人は右慣習によつても右両地域上に準地上権を有していたものであるところ、同人は大正二、三年ごろ前記沼舘部落を去つて北海道に移住する際同じ沼舘部落民たる同人の娘訴外桜庭ミツ及びその婿養子の訴外桜庭勘七に対し、右両地域に杉苗を植栽するように助言し、右助言に従いそのころ前記ミツ及びその子の訴外武雄が杉松苗を両地域に植栽した。従つて右慣習と地上権又は準地上権により右ミツ及び勘七は右両地域の使用権を取得し、且つ右植栽木の所有権を取得したものというべく、右勘七は昭和三年十二月十一日死亡したので右ミツ及び武雄が遺産相続により勘七の右権利を承継取得した。仮に右杉松等の植栽木が右文治所有のものとなるとしても、文治は右勘七死亡後に死亡し、右武雄が旧民法により家督相続して文治の右土地使用権及び立木所有権を承継取得したものである。のみならず、右ミツ及び武雄両名は引続き右立木を育成し、右地域を占有してきたものであるから、同人等は民法第百八十八条によるも当然同地域に右と同一内容の使用権ありと推定され、従つて同地域上の右立木も同人等の所有となるのである。

しかして控訴人は、昭和十三年二月七日右ミツ及び武雄両名から前記杉松立木及び前記使用権を入会権と共に代金三百円にて買受け同日その旨の売買契約公正証書(青森地方裁判所々属公証人高瀬卯三郎作成第一万四千六百九十四号)を作成し(その後更に右公正証書の誤り及び不備を補うため昭和十七年九月二十六日付で同公証人作成第一万七千四百三十七号売買契約公正証書を作成し)以てこれ等権利を取得した。右地域上には右売買により控訴人所有となつた前示杉、松の立木約六百七十本存するのである。

(二) 被控訴人桜庭郁三郎は右八十六番入会地の南側に相隣接して同字八十三番山林七畝二歩を所有しているが、両地の境界線は別紙図面表示の(1) (2) (3) (4) (5) を連結した線である。このことは一、控訴人主張の境界線である前示基点及び(1) (2) (3) (4) (5) に小溪が存して境界として自然の形態をなしていること、又前記甲地域はもと秣場であつて、右地域一帯に部落民が入会つていたのであつて、当時右(5) 点附近には溜池(以下これを旧溜池という。別紙図面表示の控訴人主張旧溜池と記されている個所)が存し、且つその西南に井戸(同図面中湧水地と記されてある個所)が存し、部落民が採草の際右井戸水を飲料に利用していたこと、現在の同図面(7) (8) 附近に存する溜池は旧溜池を廃し、後日新設されたものであること、二、被控訴人所有の八十三番山林は山林原野原由取調書(甲第五号証)によれば、地租改正当時の明治十年ごろ既に植林されていたものであるから、右山林の立木の現在の樹令は約百年位となつているべきであるのに、甲地域の立木の樹令は約四、五十年であること、三、八十三番山林はもと訴外栗盛順吉所有であつたのを被控訴人郁三郎が代金八十円で買受けたものであるが(このことは被控訴人も主張するところである。)当時の山林の相場は十年生の立木のあるもので一反歩につき五百円であつたこと、右山林は登記簿上の面積が七畝二歩で山林原由調の面積が二畝となつていること等から見て右山林の面積は非常に僅少であることが分ること以上の事実により明らかである。

然るに被控訴人郁三郎は右甲地域を同人所有の八十三番山林の一部であり、従つて右地域上の前記杉松立木も同人所有のものであると称し、甲地域に侵入し、昭和十五、六年に亘り甲地域から控訴人所有の杉立木三十年生のもの六十八本を不法に伐採搬出し、因て控訴人は右伐採当時の右立木の時価五百円相当の損害を蒙つた。

(三)  又被控訴人桜庭佐五郎は何等の権原なくして八十六番入会地の一部たる前記乙地域及びその周辺に侵入し、右地域上の控訴人所有の前記立木時価三百円相当を不法に伐採し、因て控訴人に対し同額の損害を蒙らしめ、且つ約三畝の乙地域に木柵を周らし畑地とし耕作使用し以て控訴人の前示権利を妨害している。

第二、よつて控訴人は右準地上権にもとづき被控訴人郁三郎に対し甲地域上の前記杉松立木が控訴人所有であることの確認並に同人の立木伐採搬出による前示損害金五百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和十七年十月十一日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、又被控訴人佐五郎に対し、乙地域の引渡並に同人の立木伐採による前示損害金三百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和十七年十月十一日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を各求めるため本訴に及ぶ、と述べ、

第三、(い) 被控訴人等の訴変更不許の主張に対し、控訴人主張の請求原因事実は前訴も後訴も同一であつて請求の基礎に変更がなく、又著しく訴訟手続を遅滞せしめるものでもないから許容さるべきである、と述べ、

(ろ) 被控訴人郁三郎の主張に対し、原審において被控訴人郁三郎主張日時に控訴人が八十六番原野の共有者たる釈迦内村、下川沿村片山部落及び大舘町に訴訟告知をなしたが右共有者等はいづれも訴訟参加をしなかつたこと、八十三番山林がもと訴外桜庭長八の所有であつたのをその主張の日時に、その主張の如き経過で転々し、被控訴人郁三郎の所有となつたこと、釈迦内村部落有財産統一条項第八項にその主張の如き条項存すること、並に訴外桜庭武雄等が被告郁三郎から甲地域上の立木について盗伐の告訴がなされたこと、以上の事実は認めるが、その余の控訴人主張事実に反する点は総て否認する。

右三ケ町村が訴訟告知を受けながら本件訴訟に参加しなかつたのは各町村共訴訟告知の趣旨が分らず、加うるに部落有財産統一をやつていない下川沿村では部落が管理者であるため町村長が訴訟告知書を部落に送付したまま放置していたゝめであつて右三ケ町村が甲地域を八十三番山林の一部と認めたがためではない。

故に右三ケ町村が訴訟参加をしなかつたことを以て甲地域が八十三番の一部であるとの証拠とはならない。

又八十六番入会地は所謂数村持入会で釈迦内村沼館部落、下川沿村片山部落、大舘町東大舘部落の共有であることは、先に述べたとおりである。故に町村制実施に伴い釈迦内村が部落有財産を統一したところで右統一は釈迦内村各部落の単独所有の財産には及ぶも、他町村の部落との共有に属する右八十六番入会地には及ばないから、釈迦内村部落有財産統一条項によつて八十六番入会地の入会権は何等制約されることはない。(右条項第十一項参照。)

のみならず、右条項第八項の記載自体から見ると却つて植林の慣習があつたことを推測し得る。即ち右第八項には「従来部落又は部落民において部落有地に植栽したる樹木に対しては伐期に至るまで関係者に保護手入れをなさしめ、将来伐期収入の六割五分を関係部落民の共益事業費に充当するため部落民にこれを交付す。」とあるが、右規定の意味は部落民個人が植林した場合はその植林者から立木伐採時にその収益の一部を徴収することを規定したので、その立木の所有権を植林者個人に認めないという趣旨ではない。だから右条項が八十六番入会地に適用されるとしても少しも植林の慣習を否定する根拠とはならない。よつて同村部落有財産統一条項にもとづいて控訴人が主張する植林の慣習を否定せんとする被控訴人郁三郎の主張は失当である。又入会権は登記なくして第三者に対抗し得るものであるから入会権にもとづき控訴人の取得した前示権利も又登記を必要としないものと解すべきであるし、仮りに登記を必要とするとするも被控訴人郁三郎の如き権利潜称者に対しては登記なくとも対抗し得るから右主張は理由がない、と述べ、

(は) 被控訴人桜庭佐五郎の主張に対し、佐五郎が八十六番内乙地域の耕作使用について釈迦内村々長より承諾を得ていることは認めるけれども、右承諾は八十六番入会地のある地域を特定してなしたものでもなく、又共有者たる下川沿村片山部落及び大舘町東大館部落の了解を得てなしたものでもないから、いづれにしても右釈迦内村々長の承諾は違法なものであり、従つて佐五郎の乙地域の占有使用は正当な権原にもとづくものではない。

と述べた。〈立証省略〉

被控訴人等訴訟代理人は被控訴人郁三郎の本案前の主張として、控訴人は原審において被控訴人郁三郎に対し八十六番入会地と八十三番山林との境界確認を求めながら当審昭和二十九年十一月十日の口頭弁論期日において右請求を撤回し、新に甲地域上の立木所有権確認の請求に訴を変更したが、このような請求の交替的変更は請求の基礎に変更ありというべく、且つ著しく訴訟手続を遅滞せしめるから許容さるべきでないと、述べ、

被控訴人両名のため本案につき「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、

第一ノ一、被控訴人郁三郎の答弁として、控訴人主張の請求原因(一)(二)の事実中控訴人主張の八十六番原野約七反歩(但し、実測四、五十町歩である。)がもと控訴人主張の三部落の共有地で、且つ三部落民の入会地であつたこと、(但しその後右三部落の内釈迦内村沼舘部落は大正十五年四月二十六日その持分を釈迦内村に寄付し、同村は大舘市(旧大舘町)に合併されたゝめ現在の八十六番の所有者は大舘市と下川沿村である。)被控訴人郁三郎が右八十六番入会地に相隣接して八十三番山林を所有していること、右山林は明治初年地租改正当時山林であつたこと、甲地域に杉、松の立木が存すること(但し杉七十三本、松百九十一本である。)被控訴人桜庭郁三郎が甲地域から杉立木(但し八本)を伐採したこと、以上の事実は認めるが、その余は否認する。八十三番八十六番両地の境界線は控訴人主張の線ではなく別紙図面表示の(1) (11)(10)(9) (8) (7) (6) を連結した線であつて甲地域はもとより八十三番山林の一部であり、従つて甲地域上の立木は被控訴人桜庭郁三郎所有である。右八十三番山林はもと訴外桜庭長八所有で、これを訴外栗盛倉松が明治四十四年十二月十一日買受け、その後右栗盛死亡によりその子の訴外栗盛順吉が家督相続により承継取得し、これを更に昭和十三年三月五日被控訴人郁三郎が代金八十円で買受け、以てその所有権を取得し、爾来被控訴人郁三郎において同山林の下枝の刈取り手入れをなし管理占有し来つたものである。

控訴人は右八十三番山林は明治初年の山林原由取調書(甲第五号証)によれば明治十年頃の地租改正当時既に植林されていたのであるから現存の甲地域の立木の樹令と符合しないと主張するけれども八十三番山林は山林原由取調書作成当時の所有者訴外桜庭彦之丞から訴外桜庭長八を経て転々したものでその間伐採植林等がなされ幾多の変遷があつたから甲地域上の現存立木の樹令が右山林原由取調書と符合しないことを以て該地域が八十三番に属しない理由にはならない。のみならず原審において控訴人は昭和二十二年五月十五日八十六番原野の所有者たる大舘町、釈迦内村、下川沿村片山部落の三ケ町村に対し、訴訟告知の申立をなし、該告知書は同月二十二日送達されたが右三ケ町村はいずれも本訴に参加しなかつたのは右原野の主たる管理者である釈迦内村長が現地調査をなし両地の境界線は被控訴人郁三郎主張のとおりで甲地域は八十六番の一部でないことが判明したゝめである。

二、抗弁として、

(い)  仮りに控訴人主張の如く右杉松立木につき控訴人、訴外桜庭ミツ、武雄両名(代理人田中子之助)との間に売買契約がなされたとしても右契約は本訴提起の直前になされた虚偽仮装のものである。即ち昭和十三年七、八月ごろ前記桜庭武雄、同田中子之助は八十三番地内たる甲地域に立入り杉松立木約九十数本を擅に盗伐したので被控訴人郁三郎は右両名を告訴し、警察官釈迦内村吏員木村忠治立会の上現地調査した結果甲地域は八十三番の一部であることが判明し、前記武雄、田中子之助も又これを認めた。このように甲地域が八十三番であることを知悉していた右桜庭武雄、控訴人等が本訴提起直前である昭和十七年九月ごろになした前記売買契約は本訴提起のためになされた虚偽仮装のものであること明かである。のみならず入会権は入会部落民たる資格に伴う権利で売買譲渡は許されない性質のものであるから前記売買が仮装でないとしてもこれにより控訴人は前示前主の権利を取得することは出来ないものである。

(ろ)  仮りに境界線が控訴人主張のとおりで甲地域が八十六番の一部であるとするも右地域上の前記杉松立木については次の如く争う。八十六番入会地は前述のように現在は大舘市及び下川沿村の共有地であり従つて甲地域上の杉松立木も又当然に右共有者の共有であつて、控訴人の所有ではない。控訴人は八十六番入会地には入会権者が入会地に植林するとその立木は植林者の個人所有となる慣習ありと主張するが右の如き慣習は存しない。八十六番入会地の入会権の内容は前記共有町村の部落有財産統一条項に従つて定められて居り、例えば昭和十四年二月施行の釈迦内村部落有財産統一条項(乙第三号証)を例にとつてみても同条項第二項に定められているように従来の入会慣行は、(イ)採草及び萓の採取、(ロ)自家用薪材の伐採、(ハ)野採及び食用菌草の採取のみであつて、控訴人主張の如き植林の慣行はなく、右統一条項第八項は唯従来部落又は部落民において植栽して来た樹木の伐採時における分収方法を規定したものに過ぎないのであつて、植栽した部落民個人に当該樹木の所有権を認めたものではない。従つて右第八項を以て控訴人主張の如き意味での植林の慣習の存在の証拠とはならない。若し控訴人主張の如き意味での植林の慣習があるとすれば、立木の生立している地域は立木を含めて総て植林者の個人使用に委ねられる結果となるから部落民が共同して収益するという入会権の性質を害する結果となり、このような慣習は許容さるべきではない。

よつて、たとえ訴外桜庭文治の娘ミツ及びその婿勘七が釈迦内村沼舘部落民として大正二、三年ごろ甲地域上に杉松苗を植栽したこと控訴人主張のとおりであつたとしても、右地域上の杉松立木は民法第二百四十二条本文の附合の理により、地盤の所有者たる前記二ケ町村の共有となるが又は少くとも右二ケ町村と植林者たる訴外勘七等の共有となると解すべきであるから、いづれにしても訴外勘七等は右立木の単独所有者ではなく、従つて控訴人が右勘七の一般承継人たる訴外桜庭ミツ、同武雄から右杉松立木を買受けたとしても、(この点は前示(い)のとおり仮装売買であるけれども)、控訴人は無権利者から買受けたことになるか、若しくは共有持分を買受けたことになり、いづれにしても立木の単独所有権を取得するに由ないものである。

(は)  仮りに控訴人が右売買により甲地域上の杉松立木の単独所有権を取得したとしても控訴人は登記その他の対抗要件を具備していないから第三者たる被控訴人郁三郎に対抗し得ない。

(に)  仮りに入会地上の立木については登記を必要とせずとするも本件係争甲地域は訴外栗盛倉松が八十三番山林の一部として明治四十四年十二月十一日訴外桜庭長八より買受けて以来自己のものと信じて占有管理し、特に大正三年十一月ごろ訴外桜庭勘七に依頼し同地域に杉苗を植栽せしめた地域で、その後その子の訴外栗盛順吉が相続により占有管理し、これを昭和十三年三月五日被控訴人郁三郎が八十三番の一部と信じて買受け、爾来控訴人において占有管理し来つたものであること前述のとおりであるから、右大正三年十一月より起算して二十年を経過した昭和九年十月において本件係争甲地域は取得時効完成により被控訴人郁三郎の前主訴外栗盛順吉の所有となり、従つてその承継人たる被控訴人郁三郎は右立木の適法な所有権者であることになるから甲地域上の立木に関する控訴人の請求は失当であると述べ、

第二ノ一、被控訴人桜庭佐五郎の答弁として、控訴人主張の請求原因事実中八十六番原野約七反歩がもと控訴人主張の三部落即ち釈迦内村沼舘部落、下川沿村片山部落、大舘町東大舘部落の共有地で且つ三部落民の入会地であつたこと(但し現在は大舘市及び下川沿村の共有地である。)右入会地の一部である係争乙地域に被控訴人佐五郎が木柵を設け該地域を畑として耕作使用していること、以上の事実は認める。その余の事実は総て否認する。乙地域には何人も植林した事実がなく、従つて被控訴人佐五郎が右地域上の立木を伐採した事実はない。

二、抗弁として、

(い)  たとえ訴外桜庭ミツ、同武雄が乙地域に植林し、右両名から該植林木を控訴人が買受けたとしても、該立木は植林者の個人所有となるものではない、又入会権は部落民たる資格に伴う権利で売買譲渡等はなし得ないものであるから控訴人は前記売買によつては乙地域上の立木及び控訴人主張のような準地上権としての入会権を取得するに由ないものである。

(ろ)  仮りに控訴人が乙地域につき右のような準地上権としての入会権を取得した者であるとしても被控訴人佐五郎は秋田県の種馬を飼育していた関係で昭和十七年ごろ釈迦内村役場から飼料の種子が交付された時何時でも請求あり次第明渡すこととの条件で釈迦内村々長の承諾を得て該地域を開墾の上飼料用の畑として耕作使用しているもので、何等入会権者の権利を侵害するものではないから、右権利にもとづく控訴人の請求は失当である、と述べた。〈立証省略〉

理由

先づ被控訴人郁三郎の訴変更不許の主張について判断する。

控訴人は原審において被控訴人郁三郎に対し、入会権にもとづき八十六番原野と被控訴人郁三郎所有の八十三番山林との境界確認を求めていたのを当審の昭和二十九年十一月十日の口頭弁論期日において前記境界確認の訴を撤回し、新に甲地域上の立木所有権確認を求める訴に変更したことは記録上明かであるが、控訴人は右訴変更の前後を通じ甲地域は控訴人が入会権者として使用権を有する八十六番であつて八十六番に隣接する被控訴人郁三郎所有の八十三番でないこと、甲地域には控訴人所有の杉、松の立木が存することを主張してきたことも記録上明かであるから、右新旧両訴には請求の基礎に変更なく、又著しく訴訟手続を遅延せしめるものともいえないから右訴の変更は許容さるべきである。

第一、よつて先づ被控訴人郁三郎に対する請求につき判断する。

大舘市釈迦内(旧北秋田郡釈迦内村以下同じ)沼舘字鳥沢八十六番原野七反歩はもと北秋田郡釈迦内村沼舘部落、同郡下川沿村字片山部落及び同郡大舘町東大舘部落の共有地(持分各三分の一)であつて、これ等部落民の入会地であること、右八十六番原野の南側に相隣接し、被控訴人郁三郎所有の八十三番山林が存すること並に別紙図面表示の甲地域上に現在杉松立木(その数量については争あり。)が生立していること、以上の事実は当事者間(控訴人、被控訴人郁三郎)に争がない。又前記三部落中釈迦内村沼舘部落は右八十六番原野の持分を大正十五年四月二十六日釈迦内村に寄付し、その後右釈迦内村は大舘町が大舘市となると同時にこれに合併されたゝめ現在右八十六番原野は大舘市及び下川沿村(片山部落)との共有地であること、以上の事実は弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がないものとみなす。

控訴人は、「本件係争甲、乙地域は大舘市釈迦内(旧北秋田郡釈迦内村)字鳥沢八十六番原野の一部である。訴外桜庭文治は八十六番の入会権者であるが甲、乙両地域は同人が祖父時代から自由に使用してきたものであるから、同人は明治三十三年法律第七十二号地上権に関する法律によつて該地域につき地上権者たる推定を受けたものである。又八十六番入会地には従来から入会権者が植林した場合は、その立木は植林した入会権者の個人所有となる慣習が存するが、この慣習は当然植林地上に植林者のために地上権に準じた、いわば準地上権ともいうべき権利が設定されるものというべきを以て、右同人は右慣習によつても右地域に準地上権を有していたものというべきところ、同人は大正二、三年頃北海道に移住する際同じく沼舘部落民たる同人の娘訴外桜庭ミツ及びその婿養子訴桜外庭勘七に対し右両地域に杉苗を植栽するよう助言し、右助言に従いその頃ミツ及びその子訴外武雄が杉、松苗を右両地域に植栽した。従つて右慣習と地上権又は準地上権によりミツ及び勘七は右両地域の使用権を取得し、且つ右植栽木の所有権を取得したものというべく、右勘七は昭和三年十二月十一日死亡したので、ミツ及び武雄が遺産相続により勘七の右権利を承継取得した。仮に右植栽木が右文治所有のものであるとしても、文治は右勘七死亡後に死亡し、右武雄が旧民法により家督相続して文治の右土地使用権及び立木所有権を承継取得したものである。のみならず右ミツ及び武雄両名は引続き右立木を育成し、右地域を占有してきたものであるから、同人等は民法第百八十八条によるも当然同地域に右と同一内容の使用権ありと推定され、従つて同地域上の右立木も同人等の所有となるのである。しかして控訴人は同人等から昭和十三年二月七日右立木及び右地域に対する右使用権を入会権と共に代金三百円にて買受けたものである。」旨主張するから、先づ控訴人がその主張のような権利を取得したかどうかの点について判断する。

一、先づ八十六番と八十三番の境界につき考察する。成立に争のない甲第三号証の一、第四号証、乙第二号証、原審証人田中子之助(一部)、桜庭ミツ(一部)、桜庭文治(一部)、佐々木勝蔵、桜庭ハル、齋藤和助、栗盛順吉、桜庭金肋、斎藤市三郎、虻川与市(一部)、当審証人糸田寅松、斎藤福次郎、斎藤権一郎、太田吉太郎、下総慎三、斎藤秋太郎、原審並に当審における証人糸田市三郎、斎藤徳松、下総徳治、桜庭武雄(一部)及び控訴人本人(一部)の各尋問の結果を綜合すると本件係争の甲地域周辺殊に後記八十六番入会地と認定する地域には大正初期頃迄は殆んど立木なく草生地であつて、秋田県北秋田郡釈迦内村沼舘部落民等が年々自由に採草していたこと、八十三番山林は元訴外桜庭文先治の先代桜庭長八所有であつたのを同人が明治四十四年十二月一日訴外栗盛倉松に売却し、これを被控訴人が同人の家督相続人訴外栗盛順吉から昭和十三年三月五日買受けたものであること、右甲地域辺りを長八山と呼称していたことが窺い得る。そして桜庭文治がその子桜庭ミツに桜庭勘七を婿養子に迎え、右両名間に桜庭武雄を儲け、右勘七が右文治より先に死亡したので右武雄が旧民法により文治を家督相続したものであることは弁論の趣旨に徴し当事者間に争のないところである。

以上の諸事実と原審証人蓮沼馨蔵、原審並に当審証人桜庭武雄の証言(一部)、原審における鑑定人蓮沼馨蔵の鑑定及び原審並に当審の検証(各一、二、三回)の各結果を綜合すると、係争甲地域の内別紙図面表示の(1) より(2) (6) (7) (8) (9) (10)(11)を経て(1) に復帰する線を以て囲まれた地域は八十六番入会地の一部であつて(2) (6) 線以南は八十三番山林に属するものと推認することができる。右認定に反する原審証人田中子之助、桜庭ミツ、桜庭文治、虻川与市、原審並に当審証人桜庭武雄、佐々木久吉の各証言部分、原審並に当審における控訴人本人田山八太郎、被控訴人桜庭郁三郎、桜庭佐五郎の各供述部分及び原審における鑑定人関久吉、小林俊郎、丹治貞一、当審における鑑定人長島朝吉、大島重乙の各鑑定の結果は当裁判所採用せず、他に前示認定を左右するに足る資料はない。

以上のとおりであるから係争甲地域の内別紙図面表示の(2) (6) 線以南の地域上の立木は、たとえ原告前主等が植林したとするもその所有権を取得し得ないし、従つて原告も該立木の所有権を取得するに由ないものである。

二、次に明治三十三年法律第七十二号地上権に関する法律による地上権取得の点につき考えるに、前項において八十三番と認定された地域が右法律の適用外にあることはいうまでもないところであり、又前項で八十六番入会地と認定された地域については前示認定のとおりであるから右法律により地上権の推定を受け得ないことも明かである。

三、次に八十六番入会地には入会権者の植林による立木の個人所有及び植林地域に準地上権を取得することを認める慣習の有無並に入会権の承継につき考察する。

控訴人主張の入会権又は準地上権を控訴人が取得した原因について控訴人の主張は明瞭でないが、若し控訴人の主張が控訴人の前主が相続によつて取得したものを売買により譲受けたものであるとの趣旨であるならば、入会権は一定の部落に居住する者又はその部落の世帯主であることが要件であつて、該部落より他に移住すれば当然入会権を喪失し、又たとえ入会権者相互間においても他に譲渡することは勿論相続によるも移転することはできない性質のものであるから、控訴人が本訴の権利を取得し得ないことはいうまでもない。しかしながら控訴人も控訴人の前主も本件入会地の住民で入会権を有するものであることは弁論の趣旨に徴し明かであるから、控訴人の主張は控訴人の前主桜庭ミツ及び桜庭武雄が相続により承継した入会権でなく、自己固有の入会権に基いて本件係争の甲地域及び乙地域に植林した杉、松の立木を従来から固有の入会権者である控訴人が譲渡を受けたものであるとの趣旨に解する。

ところで本件八十六番入会は元秋田県北秋田郡釈迦内村(後に大舘市に合併)沼舘部落、同県同郡下川沿村字片山部落及び同郡大舘町(後に大舘市となる。)東大舘部落の持分平等の共有地で該三部落民の入会地であることは当事者間に争のないところであるから、

本件入会権はいわゆる共有の性質を有する入会権というべく(このことは後に部落有財産の統一により各共有持分がその所属町村に帰属することになつても特段の事情の認められる資料のない本件においては右の性質に変更をきたすものではない。)しかしてこのような入会権は前示性質の外入会地の産出物(草、木、木実等)はすべて入会権者の総有に属し、これ等産出物を直接に収益することを目的とするものであつて、特定の入会権者が独断で入会地に独占する立木を所有するが如きことはできない性質のものである。従つて前示採用の原審証人桜庭ミツの証言によれば本件係争甲地域の内前示八十六番入会地と認定された地域に訴外桜庭ミツが勝手に大正初期に杉苗等を植林したことが認められるけれども、該植林木は民法第二百四十二条本文と右入会権の性質から八十六番の入会権者全員の総有に帰したものというべく、従つてたとえ控訴人が右ミツから右植林木を譲受けたとしても、その所有権を取得するに由ないものである。

尚原審証人田山直吉、当審証人糸田金蔵(一、二回)、小林市司、原審並に当審証人桜庭富治の各証言、原審における控訴人本人田山八太郎尋問の結果(前示採用しない部分を除く。)によれば本件八十六番入会地に入会権者が勝手に植林し、これを収益した例あることを認め得るけれども、右糸田金蔵、小林市司各証人の証言によれば植林木の収益問題につき紛争生じていることが認められるし、この収益問題紛争の事実と当審証人高谷三八の証言を綜合すれば前示個人植林は事実上入会権を侵害して植林しているに過ぎないのであつて決して総入会権者に認容されたものでないこと明かである。

右のとおりであるから八十六番に控訴人主張のような準地上権の成立を認めることはできないし、民法第百八十八条の適用の余地もない。

四、以上のとおりで控訴人は係争甲地域の立木所有権がないのであるから、爾余の点につき判断する迄もなく、該立木の所有権を前提とする控訴人の被控訴人桜庭郁三郎に対する請求は失当である。

第二、 次に被控訴人桜庭佐五郎に対する請求につき判断する。

本件係争乙地域が八十六番入会地に属すること、該地域を被控訴人桜庭佐五郎が使用していることは当事者間に争のないところである。けれども右入会地につき控訴人が個人として独立の立木を所有し得ないこと及び控訴人主張のような準地上権を有しないことは前示第一の(三)で説示したとおりであるから(乙地域に控訴人前主等が植林したことを認めるに足る確証もない。)これ等権利を前提とする控訴人の被控訴人桜庭佐五郎に対する請求も、爾余の点につき判断する迄もなく失当である。

以上のとおりであるから原判決はその理由において異なるも結果において同趣旨であるから相当とすべきものとする。よつて本件控訴を理由ないものとして棄却することにし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小島弥作 小友末知 松本武)

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